企業の総合力を高め、市場における優位性を確保するためにはリスキリングによるマンパワーの向上が不可欠です。社員が率先して、リスキリングに取り組める環境を企業全体で整えられると総合的な生産性が向上し、業務改善につながります。
この記事では、効率的なリスキリングによって生産性を向上させたい企業向けに、リスキリングの定義や効果、効率的なリスキリングの手順を解説します。
リスキリングについて
「株式会社ドットライフ」が2023年7月19日に実施した「人的資本開示におけるリスキリングの取り組みの普及率に関する調査結果」によると、2023年3月末時点で有価証券報告書を公表している企業2,355社のうち162社が「リスキリング」を人的開示項目に含めています。
業種別の普及率を見ると、銀行業が22%、保険業が20%と上位を占めており、金融業界で特にリスキリングの導入がうかがえます。
引用:人的資本開示におけるリスキリングの取り組み普及率についての調査
リスキリングの定義
経済産業省は、リスキリングについて「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義しています。
リスキリングが広く注目されたのは、2020年に開催されたダボス会議がきっかけです。ダボス会議において「Reskilling Revolution」の言葉が使われ、日本でも「リスキリング」が定着しました。
リスキリングは、最新のITスキルを習得するトレーニングとしてとらえられがちです。しかし、本来は「将来のキャリアップや配置転換にそなえて新たな知識・スキルを習得する」というプロセスのことを指します。
リカレント教育との違い
リスキリングと似ている意味の言葉に「リカレント教育」があります。リカレントとは「繰り返す」「循環する」という意味で、リカレント教育とは「学校教育から一旦離れて社会人になった後も、それぞれの必要なタイミングで再び教育を受け、仕事と教育を繰り返す」ことを指します。
リスキリングとリカレント教育は「新たな知識・スキルの習得」の点では共通しているでしょう。
しかし、リカレント教育の場合は、「社会人の学び直し」として「転職や定年などにより一度仕事を離れた際に、改めて大学や通信講座、資格教室などの教育機関を通じて知識・スキルの習得する。」ということを前提としています。
一方、リスキリング教育の場合は、「技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、社内研修などを通して新しく知識・スキルを習得する。」ということを前提としています。リカレント教育は個人単位で行われるのに対し、リスキリング教育は企業単位で実施されるのが主流といえるでしょう。
社内教育との違い
リスキリングと社内教育の大きな違いは「習得できるスキルの内容」です。社内教育の場合は、基本的に社内業務で求められる知識・スキルの習得が前提です。一方、リスキリングの場合は、企業の枠組みを超え、将来のキャリアップや配置転換で有利になる知識・スキルも含めて習得可能でしょう。
リスキリングが必要な理由
リスキリングが幅広い業種で求められている主な理由は以下の通りです。
- DX推進に不可欠である
- 市場環境の変化に対応する必要がある
- リスキリング支援政策が拡充されている
- 各国がリスキリングに注目している
それぞれの理由について検証します。
DX推進に不可欠である
リスキリングが日本で注目された背景として、DX需要の増加が挙げられるでしょう。2010年以降、日本では業種を問わず業務のDX化が求められてきました。クラウドシステムの導入や紙媒体の廃止など、業務効率化に向けた取り組みが進められています。
必ずしも「DX推進=業務のデジタル化」ではありません。しかし、DXを推進が既存の業務の多くを効率化しているのは事実でしょう。最新のITツールやデータ解析など、DX推進にあたっては幅広い領域にわたる知識・スキルが求められます。
市場環境の変化に対応する必要がある
リスキリング需要が高まっている背景として、市場環境の変化があります。かつての日本では、1つの企業に長く勤める人材がより高く評価される風土が根づいていました。しかしながら、年功序列にもとづく終身雇用が崩れていくなかで、若い人材の転職が当たり前となっており、転職がポジティブにとらえられるようになっています。
特にIT業界や金融業界では、在職者の人事評価において、リスキリングによるスキルアップを高く評価しており、リスキリングを推進することで、社員の採用率・定着率・生産性向上を図る企業が増えています。
有益な人材の流出を抑え、市場環境の変化に対応していくために、社内で従業員のリスキリングを推進する工夫が求められています。
リスキング支援政策が拡充されている
DX推進にともない、日本でも政府レベルでリスキリングへの支援策が整ってきています。2022年10月、岸田文雄首相は臨時国会冒頭の所信表明演説で「今後5年間で総額5兆円の資金をリスキリング支援策に投入する」と発表しました。
具体的には、リスキリングの拡充を今後の主要な成長戦略の一環として位置づけ、「業種や企業の大小を問わず、組織が個人のリスキリングを後押ししやすい環境づくりを進める。」としています。岸田首相は2023年に開かれた「日経リスキリングサミット」でも同様の成長戦略を打ち出しました。
また2022年12月には、厚生労働省が管轄する「人材開発支援助成金」に新たに「事業展開等リスキリング支援コースが」追加され、国レベルでのリスキリングの重要性が高まるなかで、個人単位でのリスキリングへの取り組みもよりいっそう重要視されています。
各国がリスキリングに注目している
海外では、早くからリスキリングの重要性が認識されており、リスキリング支援策が企業単位で積極的に導入されてきました。特に、IT業界や金融業界は人材がグローバルに横断する時代であり、海外企業は時代の変化に対応できる柔軟な人材を求めています。
リスキリングを通した新たな知識・スキルの習得は、グローバル人材、グローバル企業としての価値を大きく高めるでしょう。
リスキリングを導入するときのポイント
社内でリスキリングを導入し効果的に運用するためには、いくつかのポイントを押さえておかなければなりません。こちらでは、リスキリングを導入する際、意識しておくべきポイントを以下の点に絞って解説します。
- プログラムを決める
- 社内のサポート体制を整える
- 長期スパンで考える
- 実践する機会を用意する
プログラムを決める
リスキリングを効果的に実施するうえで重要なのが、プログラムの可視化です。「どの企業もリスキリングを導入しているから」という理由で、何となく導入してしまうと具体的なプロセスがつかめず本来の効果が得られません。
プログラムを決める際は、以下のポイントが重要です。
- 誰を対象とするのか
- どのようなスキルを身につけさせるのか
- どのような順番で支援するのか
- どこまでの範囲を支援するのか
上記の要素をマニュアル化し社員で共有すれば、リスキリングの内容そのものがわかりやすくなり、実施する意義が伝わりやすくなるでしょう。社内でリスキリングの担当者を決め、情報管理の一元化を図ることも、効率的に運用するうえで非常に有効です。
社内のサポート体制を整える
企業単位で取り組むリスキリングの場合、社内のサポート体制によって成果が大きく分かれます。リスキリングを社員の個人的な問題としてとらえてしまっては、リスキリングの意義が充分に伝わらず、単なるスローガンで終わってしまうでしょう。
- リスキリング担当者を決める
- 社内相談窓口を作る
- 社員研修を実施する
- 情報をこまめに共有する
上記のような体制の整備でリスキリングの意義を共有すれば、効果的な運用体制が整います。
長期スパンで考える
リスキリングは大きく、3つのプロセスに分けられます。
- 新たな知識・スキルの習得
- 実務における知識・スキルの運用
- キャリアパスの再検証
社員のスキルアップだけのために資格取得を推進する、社員研修を実施するのは、リスキリングの効果が薄くなります。リスキリングでは、スキルの獲得から定着、実務での運用までを一連のプロセスとしてとらえ、教育の進捗状況を一元管理し、業務が効率化していく様子を可視化することで、効果的に検証・運用することが重要です。
さらにスキル獲得の前には本当に必要なスキルを見極める「検証プロセス」が重要です。短期的な成果を求めるのではなく、数年単位でのキャリアパスを社内で共有すればリスキリングの効果は高まるでしょう。
実践する機会を用意する
リスキリングを単なるスキル獲得で終わらせては意味がありません。スキル獲得後は学んだ経験を実務で活かす機会を具体的に設けましょう。実践によって知識は定着し、生産性の向上につながります。
また、スキルを実践する機会が用意されるとリスキリングの意義が見えやすくなり、社員のモチベーションも向上します。
リスキリングが企業にもたらすメリット
企業がリスキリングを導入する主なメリットとしては、以下の点が挙げられます。
- 業務全体の効率化につながる
- 新しいアイデアが生まれる
- コスト削減につながる
- 企業の成長につながる
それぞれのメリットについて検証します。
業務の効率化につながる
リスキリングによる個人単位での生産性向上は、業務全体の効率化につながります。例えば、DX化に対応できる人材を社内のリスキリングによって育成すれば、より専門的なITツールを導入し、業務の大幅なスリム化・効率化が可能です。
また、リスキリングによって社員一人ひとりのスキルを底上げすれば、任せられる業務の幅が広がり企業全体の評価の向上につながります。
新しいアイデアが生まれる
リスキリングには知識・スキルのベースアップだけでなく、視野の拡充や価値観のリフレッシュに直結します。現状の職務の枠組みを超え、異なる業種の知識・スキルを幅広く吸収すれば社会人としての視野が広がり、新たなアイデアが浮かびやすくなるでしょう。
異なる業種の価値観やノウハウの共有は現状の改善にもつながり、長期的な業務効率化が可能です。
コスト削減につながる
リスキリングは、人件費や業務上のコスト削減にもつながります。継続的なリスキリングによって優秀な人材の確保ができれば、専門的な知識を持った人材を新たに採用する必要はありません。また、個人の能力や技術が向上すれば、必然的に業務が効率化され生産性の向上につながります。
企業の成長につながる
リスキリングの本質的な目的は、企業全体の成長です。効果的なリスキリングを通して社員一人ひとりの知識・スキルの向上を図り、生産性が上がれば企業の成長につながります。ここでいう「企業の成長」とは決して、数値的な成長だけではありません。
リスキリングを通して幅広い視野と見識を身につけ、新たな課題を迅速に解決する力をつけるのも企業の成長力に含まれます。リスキリングに力を入れている企業は「成長力の高さ」が社会的にも評価され、信頼性の向上につながるでしょう。
リスキリング導入の注意点
リスキリングの導入は、社員の育成ばかりではなく企業の発展にもつながります。しかし、メリットだけではありません。企業の発展と利益ばかりを求めて導入するのではなく、社員に対してもモチベーションが上がる工夫が必要でしょう。ここからは、リスキリング導入時の注意点を解説します。
社員にストレスを与えない
本来、企業の成長を促すためのリスキリングが、短期的な成果を期待し過ぎると社員にストレスを与えかねません。リスキリング導入にあたっては「新たな知識・スキルの獲得」である本来の目的を企業全体で共有するのが大切です。
業務に対する数値的な目標だけではなく、希望する業務・職級への配置転換や給与アップなど「リスキリングによって将来到達できるキャリアパスの具体的な提示」がモチベーションにつながります。
モチベーション維持の工夫が必要である
リスキリングを継続するうえで大切なのはモチベーションの維持です。成果主義に偏っていると「リスキリング=数字につながるスキルアップ」などの認識が生まれ、社員にプレッシャーを与えてしまいます。
モチベーション維持のためには、定期的な面談やフィードバックも必要でしょう。リスキリングの進捗状況を可視化すれば、社員とのコミュニケーションが深まりリスキリング実施へのモチベーションアップにつながります。
社員が転職する可能性がある
リスキリングの継続には、社員が転職するリスクがあります。「リスキリングを通して人材価値を高め、将来の転職にそなえよう」と考える社員も多く、リスキリングに力を入れるほど社員の転職率が高まってしまうジレンマがあるのも事実です。
リスキリングをゴールとするのではなく、スキルアップによって就けるポジションを社内で幅広く用意すれば優秀な人材を確保できます。
まとめ
多くの企業で導入されてるリスキリングは「今の職場にいながらにして新たな知識・スキルを習得するプロセス」です。リスキリングに取り組める環境を企業全体で整えられれば、総合的な生産性が向上し、業務改善につながります。
この記事では、効率的なリスキリングによって生産性を向上させたい企業向けに、リスキリング導入時のポイントや導入後のメリットなどを解説しました。
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